旅先で出逢った革のコインケース


フィレンツェにある、古めかしい空気が漂う雑然とした小さな工房。そこで1人の職人が作っていたのは、ころんと丸みを帯びた愛らしいフォルムに透明感のある色彩と独特の艶をまとった、革のもの。その不思議な魅力に一瞬で心を奪われた。

 

旅先から持ち帰ったそのコインケースは、私の手に、暮らしに、少しずつ馴染んでいった。道具としての秀逸なデザイン、革が味わいを増していく様に、使うたびに心が潤う。

 

一目惚れの衝動は、時を経て、「一生を共に過ごしたい」という思いに育ち、

この技を知りたい、そんなまっすぐな思いだけを胸にフィレンツェへ渡って、あの小さな工房に飛び込んだ。

 

師匠の手の技を食い入るように見つめ、共に一日に何度もバールでコーヒーを飲み、師匠の鼻歌を聞きながら過ごした工房での日々。時が止まったかのようなフィレンツェの街には、先人たちから受け継がれてきた技術が、確かに息づいていた。

 

帰国後、革、材料、道具など、代用できそうなものを探し出しては、未熟な手で幾度となく試作を重ねた。出産と育児の機会にも恵まれ、ものづくりに向き合う時間がとれない時期もありながら、ようやく形にできた時には、帰国から4年が経っていた。

 

今もなお、試行錯誤のものづくり。

いつか、この技の奥深くに眠っているであろう先人の職人たちの願いに、そっと触れてみたい。